5年間続けてきた連載「Web系キャリア探訪」ですが、今回が最終回となります。これまで、Web業界で働く49人に取材、1回のセミナーを開催し、記事を公開してきました。今回は、聞き手を務めた森田雄氏、林真理子氏が連載を振り返りつつ、キャリアや人材育成の課題とあるべき姿について対談を行いました。
Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。
「みんな違ってみんないい」49人にキャリアインタビューした結果
――本連載は森田さんの企画から生まれ、イマジカデジタルスケープさんのサポートのもと、続いてきました。森田さんはどういう思いで、企画を考えたのでしょうか。
森田: 前にやっていた連載「UX侍」ではいろいろな企業へ取材に行ったことで見聞を広められたという実感があったので、また取材メインの連載ができたらいいなと思っていました。Web担への持ち込み企画を考えていたとき、次のようなことに気が付きました。
- いわゆるWeb業界内で共通化されたような確立された人材育成プログラムがないこと
- Webが普及して20年以上とはいえ、業界内にロールモデルが少ないこと
僕にも固有のロールモデルはいないのですが、いろいろな人にキャリアの話を聞いていったら、誰かが自分のロールモデルになるかもしれないですし、そう思うのは僕以外にもいるんじゃないかと考えたんです。そして、単にキャリアを語ってもらうというだけでなく、「ロールモデル探しの旅」という体裁をとったらおもしろいのではないかという期待を持ちました。
――連載を通じて49人に話を聞きましたが、体系立てて整理できましたか?
森田: 体系立てた整理はできませんでした。「みんな違ってみんないい」という結論に落ち着いています。誰か一人がロールモデルになるのではなく、この考え方はAさんを、あのスキルはBさんを、と組み合わせていくことで、自分の目指す形になりそうだなという手ごたえはありましたね。みなさんのキャリアを要素的に分解して、自分用にカスタムされたロールモデルとして構成できれば良いんじゃないかというふうに思いました。
林: まさに! 私も同じ受け止めです。新卒で終身雇用制の会社に入って社内の先輩たちをロールモデルに40年勤めあげるなら、それで事足りるわけですが、とりわけWeb系キャリアでは現実味を欠きますよね。一般にみても、企業の旬の寿命は10年程度で短縮化する一方、個人の労働寿命は長期化していて50年とも言われます。5年、10年単位で大きく労働市場ニーズも世の中の前提も変わっていく中では、社内の先輩と同じようには歩みようがないという認識が求められる時代です。
そういう中で、ロールモデルを一人の人物、一社の中に見出そうとするのではなく、いろんな人たちのキャリア変遷に触れて、森田さんのおっしゃる「自分用にカスタムされたロールモデルの構成」を自身でやっていくというのは有効で現実的なアプローチだなと思います。行動ありきで動きながらキャリアを作る方もいれば、慎重に考えてから行動する方もいる、性格もあるので、いろいろなタイプのキャリアを紹介できたのはよかったですね。
森田: 似ている人もいなかったですよね。49人全員が主人公で、実に多様性を感じる有意義な連載でした。
林: 記事の締めの「二人の帰り道」では、私はよく「バランス感覚がある」という言葉を書いていました。自分の核は持ちながらも、一つの方向に固執するのではなく、変化がやってきたらそれにのってみる、チャンスを活かすという人が多かった印象です。戦略性と無計画性のバランスがいいというか。
森田: 大切な軸は持ちつつも、方向性はその時々でという人は多かったですね。
林: 謙遜して「行きあたりばったりで」と表現する人もいましたが、時代の要請に対応する、人の呼びかけに応えるという柔軟性は大事だなと感じました。90年代に働き始めた人はスマートフォンの登場なんて想定して職場選びや職業選びをしなかったでしょうし、先々の環境変化を具体的に想定するには限界がある。そういう中、時代に合わせて必要なスキルを身につけ、新しいチャレンジをしていく、たくましさを覚える取材でした。
現在のセミナーが抱える課題。本当のスキルは仕事を通さないと身につかない
――森田さんは、自身のYouTube配信で人材育成のための塾を開きたいというような話をしていましたが、この連載の影響はありますか?
森田: 「塾」というのは、僕が教鞭を執るというものではなく、同じテーマについて塾生たちが一緒に学ぶといった、研究の場のような意味合いでしたが、まだ構想のみで実現には至ってません。
林: 教え手の役割は「壇上の賢者から、そばで寄り添う案内人へ」変わるべきだと言われて久しいのですが、企業研修などの場でも1対多形式で先生から生徒に講義する教室構造は根強く残っています。専門書籍も間口を広げるために初心者向け、入門者向けが多い印象です。個人的には、せっかく興味をもって基礎知識を学んだ人たちが、自分の現場で実務に落とし込むための学習支援が手薄で足踏み状態になっている感じがして、そこに風穴を開けられないかという課題を感じています。セミナー受講から実践までに断絶があって、その施策を充実させられないかなと考えています。
――そう感じるきっかけが何かあったのですか?
林: 私は企業からWebクリエイティブ関連のテーマで研修を依頼されてカリキュラム開発する仕事を長くしてきましたが、依頼主の頭の中には「1対多の講義形式」で実施することが前提になっていることは多いですし、研修後にそれを身につけて能力を発揮できるかどうかは本人次第という考えも少なくありません。
けれど組織的には、学んだことを実務に反映してパフォーマンスが向上してこそ人材育成施策として投資対効果があると言える話ですし、学んだことが仕事で活かせて自分の能力が上がるならそれは個々人にとっても有意義なはずです。でも、そこまでを射程に入れて組織的に人材育成施策を具体的に講じている企業は決して多くない印象です。また私も外部の人間として、そこまでを提案・遂行できていないことに力不足感を抱いています。
森田: セミナー形式の授業型研修に会社が期待しすぎてることはありますよね。僕も同じような経験があります。ある制作会社から社員教育としてUXを教えてほしいという依頼があったのですが、単発のセミナーでは言葉遣いや考え方の片りんしか教えられません。全社の底上げを目論むのであれば「OJTで教えることならできます」と伝えていました。実際のプロジェクトに参加させてもらって、メンバーが作ったものをレビューしたり、改善のアドバイスをしたり、そもそもメンバー同士ですからプロジェクトに一緒に向き合ってともに考えるといったことを通じて指導するという形です。こうしていくことで関わる人たちがだんだん独力でできるようになり成長するんです。
森田: いったんはそのやり方で始めていたのですが、しかし、会社はそのやり方では、教えているとは思わなかったようで、「やはり授業形式にしてほしい」と言われました。僕がプロジェクトに入っても、成果物の数が増えたわけではありません。成果物の精度が劇的に上がったわけでもありません。「こういう物を作れ」と僕が言うのではなく彼らが作ろうと思っているものを思う通りに作れるようにすることを目的にしていたのですが、そうしたOJTの意義が伝わらなかったようで契約が終わりになりました。
林: 授業という形式にこだわってしまうと、本質的な価値を取り逃してしまいますよね。私はもっと従来の形式にとらわれない「実務エキスパートが案件に入って、あの手この手で教えサポートする」学習支援アプローチが選ばれるようになったらいいなと思います。そうした人材育成施策を組織的にやるためのプロジェクトマネジメントや、きちんと実務に反映する形で伝授したい実務エキスパートの方々のサポート面を核にして学習支援に携われたらという思いが強くあります。
森田: ほかの仕事でも、週1で会社に行くアドバイザーみたいなやり方も模索しましたが、プロジェクトに直接的に関わらないと文脈がわからないのでアドバイスしようがないということも多かったですね。ワイヤーフレームやドキュメントを見せられても背景や案件の状況がわからないので、誤字脱字くらいしか直せないこともしばしば。アドバイスできる範囲が狭すぎて意義がないんですよね。
仕事のスキルは、仕事からしか学べない
林: まさに、森田さんのおっしゃる「背景や案件の状況」を踏まえた能力の発揮が、実務遂行能力を身につける学習プロセスとして欠かせないところなんですよね。そここそ、研修の基礎固めの後に続けて講ずべき育成施策だと思います。実務エキスパートに自社の特定案件に入ってもらって、きちんとそのプロジェクトの文脈・背景を把握してもらった上で、業務の良し悪しではなく、メンバー個々の能力にフォーカスしてフィードバックやアドバイスする育成プロセスに参画してもらう。伸ばしたい部下の能力の全部を、上司である自分が十分に備えている状態を維持するのって、ちょっと無理があると思うんです。それより、学習テーマごとに自分が教えるのか、外部の有識者の力を借りるのか冷静に見極めて、部下の人材育成を推進していくことが現場マネージャーの役割として大事なんじゃないかなと思っています。
森田: 仕事として活きるスキルは、仕事からしか学べないと思いますね。人材育成がうまくいっている案件は、プロジェクトに僕が入ってIAやUXを教科書的に教えるのではなく実際の業務を題材に指導しながら一緒に仕事を進めています。たとえば、ステークホルダーを巻き込んだり、立場が違う部署の意見を調整したり、リスクを回避したり、成果物のクオリティを短期間で高めたり。そういったことは仕事からしか学べないんです。
――先程のように「成果が可視化できない→契約終了」のような会社はどうしたらよいのでしょうか。上司に成果を見極められるセンスが必要そうです。
森田: 上司や社長が成果物のクオリティを判断できないと厳しいですよね。お客さんからの戻しが少なくなって作業が効率化してコストが減る。お客さんからの評価が高くなって受注が増える。そして結果として利益が上がるというような中長期の視点から評価できるといいのですが。1年、2年っていう単位でみて売上、利益が上がっていて、どのチームが利益を上げているのかを分析しないと可視化できませんよね。
林: 人材育成施策のレビューは、期中の研修や勉強会の実施回数、実施後の受講者の満足度・理解度を本人の自己申告ベースで数値化したアンケート結果に留まりがちではないでしょうか。受講後に、客観評価できるように理解度テストを作って実施したり、現場定着のためにロールプレイや業務の伴走をしたり、半年後に誰それの業務がこう変わった、効率化できたというレビューをするまでは、なかなか手間暇がかかりすぎてやっていない現場が多いと思います。そちらに効果検証の軸足を移していけると良いですよね。
森田: 受講前、受講後のテストの点数で評価するところもありますね。言葉だけ覚えても、業務で使えなければしょうがないんですが。
林: それでも自己申告だけから脱して受講の前後比較している点は、受講後の満足度アンケートだけのアプローチより一歩前進していますよね。
森田: 育成プロジェクトに現場の社員だけが参加しているケースがありますが社長や上司も同じように育成プログラムに参加したほうが良いと思いますね。そうすれば、社員たちが成長している様子を肌で実感できると思いますし、評価もしやすくなるんじゃないでしょうか。
キャリアに悩んでいる人「まずは目の前の仕事をがんばろう」
――Web担にはキャリアに関する悩みがたくさん寄せられます。そういう方にアドバイスはありますか?
林: その悩みを観察してみると、「考えてもどうにもならないこと」と、「考えて行動を起こすことで変えられること」に分けられるかもしれません。考えてもどうにもならないことは悩んでも仕方ないので、環境や前提条件として受け入れる、悩みごとからはずす。その上で、自分が考えて行動を起こすことで打開できることについて「どうやったら打開できるか」の方策を練る、試しにやってみる。打開に向けてアイデアを持ったり動いている途中でも、ただ悩みごとに悶々として八方ふさがりの気分にあるときよりずっと元気になれるし、突破口となるチャンスに出会う可能性はぐっと広がります。
森田: キャリアは、自分の前にあるものではなく、自分の後ろにつくられるものです。今できることはなにか、この先何をやりたいかを考えて、できることとやりたいことのギャップを埋めるべく成長していくことの積み重ねがキャリアですから。次に何をやりたいかが思いつかない人は、毎日の仕事をがんばるしかないですね。
林: 目の前のことをやっていれば、「これは自分のやりたいこととは違う」という発見も含めて自分を知る機会に恵まれます。そういう自己発見が積み重なっていって、自分が次にやりたいことが具体的に見えてくることも多い。先々の予測が困難な時代背景を前提にすれば、今具体的にできることをコツコツやっていく姿勢は、すごく大事だなって思います。
――コツコツ積み上げる、大事ですよね。5年間も聞き手を務めていただきありがとうございました。お二人のこれからの活躍に期待しています。
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オリジナル記事:「みんな違って、みんないい」総勢49人のキャリア探訪を通して見えたもの #5年間ありがとう | 森田雄&林真理子が聴く「Web系キャリア探訪」
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