こんにちは、テレビ東京の明坂です。
マーケティングの仕事に携わっていて日々意識していることは、生活する中で仕事に活用できそうな情報へのアンテナを常に立てておくことです。特に、面白い広告やそのキャッチコピー、プロモーションキャンペーンなどは、要素を分解して自分の「ネタ引き出し」に入れておくことで、いざ自分がアイデアを生み出す際に役立ちます。
最近はニュースやSNSから情報収集する以外にも、定期的に面白い取り組みを行っている知人マーケターを招いて勉強会を企画しています。そんな折、リクルートが提供する英語学習サービスの『スタディサプリENGLISH』(https://eigosapuri.jp)のテレビCMをプロデュースしている奥田真嘉(おくだ まさよし)さんに、“外さないテレビCMを作るプロセス”についてコツを聞く機会をいただきました。テレビ東京はテレビ局としてCMを放送するメディアの立場ですが、広告主はどのようにCM制作に取り組んでいるのか興味深かったので、今回はその内容を紹介します。
マス広告って難しそう
デジタル広告と比べ、テレビCMを始めとしたマス広告の特徴というと、どういったものが思い浮かぶでしょうか。いろいろありますが、特にデジタル広告と比べてマス広告の敷居を高くしている要素は以下ではないかと思います。
- 掲載面(枠、絵柄)を事前に決めて掲載するため、配信ボリューム増減やクリエイティブ差し替えなどを柔軟に調整できない
- ログベースでアクション計測ができないため、効果を測るためには一定の規模を出稿しなければならない
- 個々人単位でターゲティングできないため、マスに刺さる訴求をしなければならない
雑なやり方ですが、デジタル広告であれば訴求を10パターン考え、それぞれにバナーデザインを5パターン作って、かたっぱしから配信し、CPA(Cost per Acquisition / Cost Per Action)が合うもののみを残していくという運用もできます。とりあえずやってみて結果を見ようというのは、なんだか安易な方法に感じますが、「自分では思いもよらなかった訴求が高いパフォーマンスを出す」みたいなことも起こるため、やってみることにはそういったメリットもあります。
しかし、マス広告においては前述の通り細かな運用が行えないため、マスを動かす魂がこもった1クリエイティブ(もしくは僅かなクリエイティブ)で大きく打って出る必要があります。当然その分当たったときは極めて大きなリーチで多くの人の心に届き、多くの人が同時視聴するという特性も相まってCM自体が話題化することもありますが、全く反響が無いCMを生み出してしまったときの損失もまた大きくなります。
良くも悪くもリスク(振れ幅)が大きいわけですが、マス広告を担当する人は企業の中でもごく少数で、組織内で定型化、ノウハウ化されていることも多くなさそうな上に、Web上で調べれば全部理解できるというほど情報も豊富ではありません。
そんなテレビCMに対する課題を解決しようと、奥田さんはリクルートで「外れクリエイティブ」が生まれることを極力制御するプロセス構築に取り組まれていました。
上のグラフをみると、「1つの素材によってどれだけ多くの人を動かせるかが変わる」ことがわかります。この結果から、奥田さんの課題意識が高まったとお聞きしました。
事前調査をもとに、「当たりクリエイティブ」に仕上げるテクニック
どのような訴求、クリエイティブが多くの人の心にささるのか。それを予め知るためには、事前にプロトタイプでテスト(調査)を行うことが大切です。それだけ聞くと当たり前のように思えるのですが、事前にアンケートで「欲しい」という人が多かった商品がいざ発売してみると売れなかった、みたいな話はよく耳にします。それはおそらく、アンケートを回答した時点で回答者が嘘をついたというわけではなく、実際に深く自分が買うかどうかを検討してみると購入したいライン以上には心が動かなかった。つまりアンケートを回答する人が、実際に購入検討をする際の意識とイコールになっていないということだと思います。
奥田さんはこの問題を解消するべく、テレビCMの秒数で伝えられる量に近い情報を、ビジュアルも交えてコンセプトボードとして制作し、調査をするということを行っています。
新製品を作る際に、MVP(Minimum Viable Product)という手段があります。つまり、コアとなる価値をもった最小限の製品を作り、市場に投入することで、その製品価値のコアが市場に受け入れられるかを検証する方法です。
たとえばWebサービスであれば、事前登録のためのLP(Landing Page)を作ってあらかじめ登録者を集めてみることもあります。はたまた、デリバリーピザのドミノピザでは、実際にはまだ存在しないピザをWeb注文ページのメニューに並べ、どれだけカートに追加されるかニーズの検証をしています(カートに追加したタイミングで、これはテストでしたと表示される)。
スタディサプリENGLISHで行ったコンセプトボードでのアンケートは、1枚のチラシをテレビCMに近い形のMVPとして制作し、検証しているというわけです。
定量アンケートだけでなく、対面で「ここまでできて、月額XXXX円で利用したいと思いますか?」とインタビューを行うことで、実際にCMが販売員として機能するかを見ています。
その他、この訴求を選ばなかった理由や自分向けと感じたか、印象は変わったかなど、定量調査だけでは拾いきれない心の動きを定性調査で補うことも、プロトタイプと本番のギャップを埋めるという意図のもとに徹底されています。
さらに、採用した訴求をもとに、イラストを用いたビデオコンテを作成し、最も利用意向の高まる構成を調査していますが、ここでも個々の感性に頼らず、徹底した調査を行っています。
マーケターとして何をハンドリングするべきか
細かくプロセスを見るともっとありますが、成果を方向づける上で最も重要なプロセスの部分に関してご紹介させていただきました。これらは当然、一発でCMクリエイターと共に制作するよりも多くの手間、時間、費用がかかります。これらのプロセスを行ったところで誤差レベルの改善しか生まないのであれば、一見無駄なプロセスかもしれません。
しかし、感覚だけではなく、ロジックをもとにプロセスを構築することによって、取り組んだ結果がナレッジとなり、成果の再現性を高め、リスクを減らす一助になります。そして、おそらくこのプロセスをやって結果が変わらないのだとしたら、それはプロセスに意味がなかったのではなく、たまたま過去に取り組んだCMクリエイターがもれなく天才だったのだと私は思います。
奥田さんは、「事業マーケターの役割は、CMクリエイターや映像監督それぞれがそれぞれの道のプロであるが、それぞれが正しいゴールに自動的にたどり着くわけではない」と言います。次図のように、良いCMを作るためには多くのプロが関わっています。
なかでも顧客の心を日々最も深く考え、熟知しているのは事業のマーケターです。そのマーケターは、CMクリエイターや映像監督のアイデア・仮説を最も高い精度で取捨選択できるはずです。ゴールへの統率者こそ事業マーケターとして最も担うべき役割であり、「相手は映像のプロだしな」とクリエイターや監督に遠慮しない。そして自身もCMクリエイターや映像監督から、クライアントだからと遠慮されない。「そんな関係性で、いいCM・高い成果に向けて “学習していけるチーム”を率いていくべきである」と奥田さんは話されていました。
ナレッジを貯め、知識を吸収していくことで、自らの頭の中を言語化できるようになる
私もテレビ局という業界柄、デジタル広告を始め、新聞広告、はたまたバラエティなどの番組コンテンツを企画したり、制作会社の方と作ったりすることがあります。だからこそ共感できるのですが、自分の中で目指したいゴールがしっかり見据えられていない、そもそも深く考えられていないと、どのようにクリエイターや映像ディレクターに指摘していいかわかりませんし、自分の伝えたいことが言語化できません。過去、もっとこう振る舞っていれば、といまだに思い出してしまう制作でのシーンは多々ありますが、その後悔を糧に日々インプットに努めるようにいています。
また、奥田さんのように同じ価値観で取り組める制作チームが作れるというのは非常に素敵な環境だなと思いました。興味が湧いた方は、スタディサプリENGLISHのCMとサービス(https://eigosapuri.jp)もご覧になってください。
本テーマやそれ以外についてもくわしく聞きたいこと、などあればぜひお気軽に私のTwitterアカウントへリプライ(https://twitter.com/dr_akesaka)をいただければ幸いです。
それでは。
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