三井不動産のDX VISIONには、不動産を「モノ」としてではなく、「サービス」として提供するという考え方がある。そのためには、デジタルやマーケティングのスキルが不可欠だ。2022年、それを全社的に支援するためのチームとして「&Marketing」が発足した。どのような課題感からチームができたのか、どのような活動をしているのかなど、三井不動産の塩谷義氏(DX本部 DX二部 部長)と高橋正和氏(DX本部 DX二部「&Marketing」)に聞いた。
事業部と共同で取り組むDX支援チーム「&Marketing」
――DX本部に「&Marketing」を設置した背景について教えてください。
塩谷: 「&Marketing」は会社の公式な組織ではなく、いわゆるプロジェクトチームで、DX本部 DX二部内に設置しています。ですので、その背景を説明するために、まずDX本部の話から始めさせてください。
当社の「三井不動産 長期経営方針」には、3つの重点項目があります。そのうちのひとつが「テクノロジーを活用し、不動産業界そのものをイノベーション」という項目です。これを受けて作られた「DX VISION 2025」には、「事業変革」「働き方改革」「推進基盤」の3つを掲げています。
DX本部は、このうち事業変革の分野を担当する部署で、
- インフラやセキュリティを担う一部
- 各事業部の新サービスやデータ活用を支援する二部
- システム開発などを行う三部
に分かれています。私が所属するのは二部です。
現在、三井不動産では、デジタル人材、マーケティング人材、システム開発人材など、毎年10名程度のキャリア採用を行っていて、現在DX本部のメンバーは130人ほどです。
当社は不動産の総合デベロッパーであり、オフィスビル、商業施設、住まい、ホテル、ロジスティクスといったさまざまな事業部があります。最近では、東京ドームもグループに加わりました。我々は「はたらく、たのしむ、すまう」といった「くらし」に寄り添ったソリューションとサービスを提供しています。
つまり、多くの事業部があり、それぞれが個別にマーケティング的な取り組みを行ってきましたが、全社横断のマーケティング組織というものはありませんでした。
ここで問題となるのは、各事業部はそれぞれの事業についての知識やスキルは高いものの、マーケティングやデジタルについては弱いということです。そこを支援するのが、DX二部の仕事です。
DX二部には、ストラテジー、マーケティング、エンジニアリング、データアナリティクスをそれぞれ得意領域とする人材が所属しています。DX二部は、3つのグループが担当事業分野を決め、担当の事業部と共同でDXを進めるという体制になっています。
「&Marketing」は、冒頭にも説明したようにプロジェクトチームです。DX二部の中の3つのグループ横断でメンバーが集まっており、社外の専門家の方にも伴走して支援していただいています。さらに、現場オペレーションを担うのはグループ企業のことが多いですから、彼らにも勉強会に参加していただいています。
「&Marketing」の主な活動は、事業部に案件を提案し、実施の際に伴走する、ノウハウを溜める、勉強会などでノウハウを三井不動産グループ内でシェアする、といったものです。
QuickWinから始める「&Marketing」のグロースハック
高橋: 今は社内認知も広がって、社内のさまざまな部署からマーケティングの相談をしたいと声をかけてもらえるようになりました。しかし「&Marketing」が立ち上がった当初は、事業部から見ると、何をしている部署かわからないという感じでした。ですので、まずは数値として成果が出やすい施策を提案し、QuickWinで成功を体感してもらうことから始めました。
――QuickWinでは、具体的にどのようなことをしたのですか?
高橋: たとえば、住宅の分野で、「問い合わせ件数を増やしたい」「個人情報取得を増やしたい」というニーズがあり、その際は、LPの改善を提案し、実施しました。
あるいはホテルの例ですが、配信していたメルマガの内容を改善しました。シンプルなキャンペーンのお知らせを送ることで、メルマガ経由の予約が増えました。
QuickWinで成果が出ると、「&Marketingは、デジタルマーケティングに関することで、自分たちを助けてくれるチームらしい」と認識してもらえて、もっと深い施策、たとえば商談の最適化なども相談してもらえるようになりますし、新規事業でカスタマージャーニーを作る最初の部分から入る機会も増えました。
QuickWinで成功したノウハウは、別の事業部に横展開する。このようにして、「&Marketing」を社内に浸透させていきました。
現状では、施策の支援だけでなく、ユーザーリサーチやマーケティングPRなどまで幅を広げています。
「Real Estate as a Service」の具体例
塩谷: 上記「DX VISION」の図の「事業変革」の中に「Real Estate as a Service」というメッセージを掲げています。当社の用語で、不動産を「モノ」としてではなく「サービス」として提供するという考え方です。
高橋: 当社は「はたらく、たのしむ、すまう」の各分野で事業を展開していますが、それぞれの事業部でアプリやWebサービスを展開しています。
たとえば「はたらく」のエリアでは、「&well」というサービスがあります。これは弊社のオフィスビルに入居しているテナント企業の、健康経営推進をワンストップでサポートする総合プラットフォームです。
塩谷: テナント企業の従業員の方には健康になるという価値を提供し、テナント企業の人事担当者には、健康経営が当たり前になるようにアプリ利用状況などをフィードバックします。
高橋: こういうサービスがどんどん増えています。そうなると、事業部の担当者とアプリなどのサービス開発力だけでは足りなくなってきて、マーケターの活躍が必要になります。これも、&Marketingが立ち上がった背景のひとつです。
塩谷: 商業施設だと、まだ実証実験レベルですが、おもしろいas a Serviceの例があります。これは以前に「Web担当者Forum」でも取り上げていただきました。
テナントのショップは店内にカメラを設置することで、店内人流のデータは取得できますが、店の外にカメラは設置できません。一方我々は、共用部にカメラを設置することで、店前人流のデータを取得することができます。また、我々は店舗の売上は把握していますが、購入商品の詳細はわかりません。
そこで、テナントからPOSデータをお預かりして、店前人流のデータと併せて分析しました。この時は、ビジュアルマーチャンダイジングと称して、店舗の入り口をAIカメラで撮影し、入り口のマネキンの服はAとBのどちらの方の入店率や売上がいいのか、店舗前サイネージでどのような掲示をしたときに反応がいいのかなど、分析結果をテナントに提供しました。
ありがたいことに、このニュースを見た企業から続々とお問い合わせをいただき、今年は5店舗でトライアルする予定です。
3つの会員組織を連携する「横断ロイヤリティプログラム」とは
高橋: ここまでは事業部ごとの取り組みの話でしたが、最終的には事業部横断でクロスセルを行い、三井不動産経済圏のようなエコシステムができればいいなと考えています。まずは、会員組織のある3つの事業部で、会員IDを連携し、相互に特典を提供する「横断ロイヤリティプログラム」という取り組みを、2022年の秋から始めました。
図のとおり、「すまい」なら「三井のすまいLOOP」という会員組織があり、「ホテル」も「MGH Reward Club」という会員組織があります。「商業」には「三井ショッピングパークメンバーズプログラム」があり、約1350万人(2022年度末時点)の会員組織です。1人のお客様が複数の会員組織に入っているケースもありますので、まずはプレミアム会員を対象に、どのような特典を提供し合うと別の事業でのご利用につなげられるのか、新特典の開発や告知の最適化などを、3本部+DX本部の4本部連携で始めています。
私はN=1のユーザーインタビューを大切にしています。現在、プレミアム会員の方を招いてユーザーインタビューをし、お客様の解像度を高めています。ユーザーインサイトをしっかり探らないと、使っていただく動機がわかりません。どのような特典がプレミアム会員様に刺さるのかなどをヒアリングしています。
また、4本部が連携しているので、同じペルソナを共有できることも、ユーザーインタビューのメリットだと感じています。「こういうお客様だからこういう施策が必要」という共通認識ができます。
このように、「&Marketing」は、三井不動産のマーケティング力向上を目指したチームとして、さまざまな取り組みを進めているところです。
――最後に、「&Marketing」の活動やDX推進に関して、今後の展望をお聞かせください。
塩谷: QuickWinのナレッジはかなり蓄積されてきましたので、さらに社内の事業部との取り組みや、グループ横断の取り組みを進めていきたいと考えています。横断ロイヤリティの話、クロスセルの話はとても大事です。今のところは、「すまい」と「ホテル」と「商業」の3組織だけなので、オフィスや東京ドームなど、クロスセルの幅を広げていきたいし、横断ロイヤリティをフックに事業としてどんどん広げていければなというのが、この領域の展望です。
高橋: マーケティング的には、「はたらく、たのしむ、すまう」という生活者の主要動線すべてに当社が関わっているのが、すごく魅力的だと思うので、そこはうまく循環させていきたいですね。
また、三井不動産グループは基本ストラテジーに、「顧客志向の経営」という項目があります。社内でも「顧客にとってどのような価値があるのか?」と顧客主語になることが多いので、マーケティングの浸透をより促していきたいなと思っています。
――ありがとうございました。
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オリジナル記事:三井不動産の全社横断マーケティング組織「&Marketing」が推進する不動産のDXとは? | インタビュー
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