商談可能リード(SQL)を営業に渡しても喜ばれないケースもある。果たしてリード創出だけがデジタルマーケティングのゴールなのか――。
三菱電機は、モノづくりをベースとした、事業本部の縦割りが非常に強い会社だ。しかし、B2B事業のパラダイム転換が要請される中、マーケティングの革新が必要との経営判断により、2021年4月に事業を横断する形で営業本部内に「デジタルマーケティング推進グループ」ができた。
「THE MODEL」を標榜し、MAを導入してCRMと接続、インサイドセールスも立ち上げ、営業へ送客するいわゆるパイプランを確立し、教科書的なデマンドセンターとしての形は整いつつある。プロジェクト推進をはじめから率いている水沼氏は、オンラインでのリード創出は重要ではあるが、当社にとって主戦場はそこではないのではないか? と考え始めている。
MA導入の経緯や当初目指していたことからの変化、今後のゴールイメージなどについて、同社の水沼氏に話をうかがった。
モノ売りからコト売りへの転換期
水沼氏は、1992年に三菱電機に新卒で入社。宣伝部、製作所で国内外のB2B、B2C事業に携わり、2020年に経営企画室に異動。ちょうど新型コロナウイルス感染症の感染が急拡大した時期で、ポストコロナの経営課題の一つとして「マーケティングの革新」が取り上げられ、2021年4月に「デジタルマーケティング推進グループ」が立ち上がり、水沼氏が担当することになった。その後、2022年に営業本部直下のプロジェクトグループとなり、体制が強化され現在に至る。
プロジェクトグループのミッションは2つ。1つ目は、デジタルマーケティングを推進する仕組み・スキームを整えること、もう1つは、現状事業部内で閉じている営業や顧客情報を価値あるデータとして事業部を越えて利活用することだ。
三菱電機は、事業本部ごとの縦割りが強く、9の別々の会社があるようなものでした。デジタルマーケティングの仕組みを整えることで、事業部の壁を乗り越え、多様な顧客基盤と豊富な技術力を活かす、総合電機としての真の付加価値を高めていくことが急務でした(水沼氏)
現在、グループに所属しているのは10名だが、関係先は事業部や支社、関係会社、システム部門、外部パートナーなど非常に多岐にわたる。
同社には、2種類の営業部隊がある。1つは、各事業本部が主に製品を起点として営業する部隊、これに対し営業本部はアカウントに対して全商材を営業する部隊だ。
オンライン上の顧客接点であるウェブサイトも事業部ごとに推進しているため、基本的にモノを起点としてお客様と相対しており、既存のお客様に対しディクショナリー型でロングテールに詳細情報をお伝えするサイト構造です。しかし、世間のニーズがモノからコトへ変わっていき、カーボンニュートラルなどの社会課題が経営課題に直結する時代の流れにあって、課題や悩みを起点とした顧客接点を作っていく必要性に迫られています(水沼氏)
モノが売れる環境下での効率的な販売拡大を追求していた時代から、モノが売れない時代に移行する中で、大きな社会課題に向き合いつつお客様の経営課題に寄り添うことができるかが問われている。こうした時代の流れに対し、同社は昨年から複数の事業本部をビジネスエリアとして括り直し、ソリューションの時代にあった会社の構造に生まれ変わろうとしている。
製品を納める企業から、共に課題を解決する“共創のパートナー”として
2021年4月にデジタルマーケティング推進グループが立ち上がると、すぐにソリューションサイトの立ち上げに動き始めた。このソリューションサイトとは、まさに顧客の課題や悩みなどの“コト軸”で接点を作るためのサイトだ。
ソリューションサイトがまだオープンしていない状態で、デマンドセンターに欠かせない、MA(マーケティングオートメーション)ツールの選定を進めていった。既存のCRMとの連携を必須要件として、いくつかの候補からAdobe Marketo Engageを選定。3か月で選定から、社内の承認まで得るというスピード感でプロジェクトを進めていたという。
Adobe Marketo Engageは、高価なツールですが、CRM連携などの要件を満たしていることに加え、一番良いツールだと感じ導入を決めました。価格重視で安価なツールを導入してしまうと、CRM連携に手間がかかりますし、後から入れ替えるのも大変です。会社には、このツールが不可欠で、このツールがないと何も始めることができないのだと説得しました(水沼氏)
MA導入後、2021年11月からソリューションサイトの立ち上げが本格化。企画を決め、外注先を決定し、2022年1月にはサイトを公開。企画からわずか3か月で公開したスピード感を、水沼氏は「一夜城」と笑う。
三菱電機のオフィシャルサイトは、企業情報と事業情報に大別され、事業情報はB2B・B2C双方の顧客向けに情報を発信している。特にB2B向けのサイトは、事業部ごとにそれぞれが取り扱う製品単位で個別に説明している。
日本のB2B事業は、基本的に既存顧客の更新需要をベースとしているので、Webサイトにおいても各社既存顧客への情報提供を重要視しています。すでに製品を知っている人たちに対して、何が新しいのか、どう変わったのかをお伝えすることを主眼につくられているケースが多いです(水沼氏)
しかし、「課題はあるがどうすればいいかわからない」「どこに相談すればいいかもわからない」という課題ドリブンのお客様にとっては、製品軸での探し方はマッチしない。そこでソリューションサイトでは、たとえば、カーボンニュートラルという経営課題に対して、自社で何をしていいかわからないという人に向けて、具体的なソリューションを事業横断で示すようにした。
企業の経営も社会の一員として、自社の売上を伸ばすだけでなく、社会への還元や責任が求められるようになりました。競争から共創へと時代が変わる中で、自社だけで完結することが難しくなり、理念の合うパートナーを見つけて一緒に活動することが当たり前になっています。こうした時代にあって、製品を売り買いする関係だけでなく、共創するに足る企業としての理念とポテンシャルを示し、共に歩んで行く“パートナー”として選んでいただけるような情報発信が必要だと考えています(水沼氏)
ソリューションサイトの構造を決め、コンテンツを標準化
ソリューションサイトのコンテンツはすべて新規に作成。デジマプロジェクトチームが事業部と協力しながら現在も継続的に追加拡充している。
世間では、DXやデジタルマーケティングの必要性が語られていますが、必ずしも社内において“今すぐやりましょう!”という機運が高まっているわけではありません。
扱っている製品や事業スキーム、これまでの成功体験などで温度差もかなりあります。実際これらがないことで問題が具体的に顕在化している訳でもありません。そこが各社とも苦戦している理由だと思います。しかし、顕在化してからでは取り返しがつかない状態になっている可能性が高いのです。
DXやデジマは表面的に見えづらい部分がありますが、先行している企業は水面下で着実に前進しているはず。後発の我々としては、まずはデジマに興味はあるが、自力で取り組んでいくことが難しいと感じている事業部や仲間を募り、社内での実績作りから始めました(水沼氏)
コンテンツ制作にあたっては、顧客の課題起点で探せるようにサイト全体の設計を標準化。具体的には、以下の3階層に分けて、それぞれのフォーマットを決めた。
- 第一階層: 顧客課題の定義(カーボンニュートラル、ウェルビーイングなど)
- 第二階層: 各課題に対する三菱電機の取り組み
- 第三階層: 具体的な個別のソリューション
個別ソリューションについては、事業部へのヒアリングシートをフォーマット化し、事業部への取材を経て、提案のシナリオを構成。シナリオに基づきWebサイトやダウンロード資料などのコンテンツに落とし込む。
KPIは、ホットリード数、営業への送客数に設定。実績のない初年度は、1営業日1案件を目安に年間200件を目標とした。
1年後に方向性が違うことを自覚。営業のバックアップに位置づけを変えて立て直し
ソリューションサイトがオープンし、パイプラインの構築も進み、順調にデマンドセンターとして成長しつつあるように見えた。しかし、水沼氏は1年を過ぎたあたりから、自分の目指してきた方向性が正しいのか、疑問を持つようになったという。
デマンドジェネレーションの成果として、営業に商談可能なリード(SQL)を渡しても必ずしも喜ばれないケースもある(水沼氏)
既存のお客様に育てていただいたB2B企業の多くは、既存のお客様とのビジネスを最優先しつつも、実稼働する営業の多くは、多数の案件を同時に抱え既存顧客のフォローで手一杯というケースもままあります。この場合、新規顧客のリードをリトスアップしても、実際問題なかなか手が回らないといったケースも起こりえます。
私は、MAを導入するにあたって、書籍『THE MODEL』を読んで、その内容にいたく感銘を受け、“自分がやるべきことはこれだ!”と思いました。しかし、デマンドセンターを目指してパイプラインを作って、オンラインでリードを創出していく過程を経て、デジマの目的や貢献領域はそれだけではないはずだ、むしろ主戦場は他にあるのではないかと考え始めました(水沼氏)
もちろん、SaaS企業など新規顧客が増えるほど収益体制が強化されるようなビジネスモデルや、顧客開拓が必要なフェーズの企業にとっては、『THE MODEL』型のデジタルマーケティングは、ぴたっとはまる。しかし、三菱電機のB2B事業におけるデジマのゴールを新規顧客からのリード獲得においてしまうと本質を見誤る。
そこで、水沼氏はデジタルマーケティングのゴールを「デジタル・データの活用による営業サポート・強化」と位置づけ直し、営業のコアとなる既存のアクティブなお客様に対して自分たちがどんな貢献ができるのかという視点で目的を整理。
たとえば、MAがあれば、既存顧客のオンライン上の行動履歴を追跡できる。この情報を営業に共有すれば、お客様のホットな関心事がわかるので、より満足度の高い提案が可能となる。しばらく訪問できていないお客様に対しては、オンラインでニュースなどを定期的にお届けすれば、関係が途切れることはない。
オフラインに加えて、オンラインからも既存のお客様に対して満足度やLTVが向上するようなコミュニケーションを図ることができれば、私たちの成果は送客数だけにとどまらないはずです。私たちのプロジェクトチームは“マーケティングの革新”を目指してできたチームです。
それはつまり、会社の文化を変えることの一翼を担う役割を、会社から与えられていると捉えることもできます。しかし、デマンドセンターだけでは、文化を変えるまで到達することは難しいと思います。
デジタルを使ってモノ売りからコト売りへの変化を後押しすること、それを踏まえて、お客様一人一人に対して営業と一体となって向き合い、価値を提供し続け、“パートナーとして”長い関係性を築いていく、この一連のプロセス全体への貢献が必要だったのです(水沼氏)
一方で、ロボットなど新規事業分野においては、新規顧客開拓のためにターゲット設定から相談を受けることもあるという。「事業のステージによって、営業支援なのか、デマンドセンターなのかを考えて、タッグを組んでいきたい」と水沼氏は語る。
将来的に、全社の顧客DBを構築し「全社一体」となったデジタルマーケティングを推進していきたい
現在は、既存顧客のリストに対しメール配信、広告の着地先としてのLP制作などを行っている。Adobe Marketo Engageの操作に慣れるまでは1か月程度かかったというが、今は問題なく使えるようになったという。フィールドサービスから個別サポートやMUGというコミュニティを通じて、ツールの新たな使い方を模索しているという。
メールの開封率でいうと、導入前は開封率18.4%、クリック率1.7%と低迷していたところ、導入後にメールの出し分けなどを行うようになり、開封率30.2%、クリック率15.2%を達成するなど、改善しているという。
Adobe Marketo Engageのユーザー会“MUG”があって、そこで質問したり、他の会社の人の話を聞いたりすることが役立っています。コロナ禍はオンラインでしたが、昨年からオフラインで開催されるようになり、普段使っている人たちの生の声を聞けるようになって、参考になります(水沼氏)
現状は、営業本部のCRMとMAを連携しているのみだが、今後は全社の顧客DBを整備し、“全社一体”でスケールの利いたデジタルマーケティングを推進していきたいと考えている。
事業部で個別にMAを導入したい、メルマガを配信したい、という話もありますがそうしてしまうと、1日に三菱電機から何通もメールが配信されるという事態になり、顧客から嫌われてしまいます。
メルマガでも課題起点で、たとえばカーボンニュートラルに対して、関連するソリューションをまとめて複数提案するような形で配信できればと思います(水沼氏)
デマンドセンターを目指してスタートしたものの、真の課題を見失っていた。そこで役割を見直し、既存顧客を主ターゲットに据えた営業支援という形に切り替えたことで社内の理解も高まりつつあるという。今後について、水沼氏は次のように話す。
モノ売りからコト売りへ、競争から共創へ。現在はいろいろなことが変わっていくターニングポイントで、我社にとっても正念場です。デジタルの時代に即したモノづくり会社として進化して、次の100年にどう貢献できるか、挑戦していきたいです。同時に、日本のB2Bマーケティングが20年遅れていると言われる中、苦労している他の企業の同志たちと、仲間として痛みを分かち合いながら、切磋琢磨していきたいです(水沼氏)
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オリジナル記事:三菱電機がBtoBデジタルマーケティング戦略を1年後に見直した理由
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