2024年4月に施行された障害者差別解消法の改正により、事業者にも合理的配慮の提供が義務化された。「デジタルマーケターズサミット 2024 Winter」に、ウェブアクセシビリティの専門家 植木氏、視覚障害者でスクリーンリーダー利用者 原口氏、学習障害・ADHD当事者 常岡氏の3名が登壇した。
今回の法改正でウェブアクセシビリティは義務化されないが、法改正を正しく理解するとともに、ウェブアクセシビリティを高めるための知識や当事者の事例について語られた。
障害者差別解消法の改正。ウェブアクセシビリティが義務化されるわけではない!
2024年4月より「改正障害者差別解消法」が施行される。今回の法改正によって、「ウェブアクセシビリティが義務化されるわけではない」とインフォアクシアの植木氏は言う。
障害者差別解消法は、2016年4月から施行されており、公的な機関や事業者が障害がある人に対して、正当な理由なく障害を理由として差別することを禁止し、合理的配慮の提供を求めるものである。内閣府の作成した「障害者差別解消法リーフレット」に不当な差別や合理的な配慮の具体例が記載されているので、参考にしてほしい。
改正障害者差別解消法の3つのポイント
植木氏は、法律改正について次の3ポイントで整理した。
- 障害を理由とした不当な差別的扱いを禁止
→従来通り
- 「合理的配慮の提供」を事業者にも義務化
→変更あり。ただし、東京都では2018年10月から事業者も「法定義務」
- 「環境の整備」は努力義務
→従来通り。公的機関も、民間の事業者も、2016年4月の施行時より努力義務
2024年の法改正により、合理的配慮の提供が事業者にも義務化されるのであって、ウェブサイトのアクセシビリティ自体が義務化されるのではありません。ただし、ウェブアクセシビリティが全く無関係というわけではありません(植木氏)
義務化される合理的配慮とは次のように整理できる。
合理的配慮とは?
ウェブサイトに置き換えると、1.障害があるユーザーからウェブサイトが使えなくて困っているという声が寄せられたら、2.その対応にかかる負担が過重でないかぎり、3.必要かつ合理的な配慮をしなければならないということです。何に困っているのかを確認して、電話やメールなどで対応して解決することも合理的配慮となります(植木氏)
なお、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」には、合理的配慮の提供義務に反しないと考えられるケース(例:オンライン講座の理解が難しいので、個別に対面講座の開催を求められるなど)についても記載しているので、あわせて参考にしてほしい。
配慮すべきかどうかでは、「負担が過重でないかぎり」という判断基準があるが、「どこからが『過重』とみなされるかはケースバイケースで、現時点では参考となる前例もない」と植木氏は言う。ただ、次の5つが勘案されるという。
- 事務・事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)
- 実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)
- 費用・負担の程度
- 事務・事業規模
- 財政・財務状況
『合理的な配慮の提供』を求められたら、何に困っているのかを具体的に確認し、どんな解決方法があるのか提案し、合意した方法により、お客様の困りごとを解決することが一般的な流れで、相互に理解を深めることが大切です。
また、個別対応をした後でもいいので、その困りごとがウェブで解決できる事柄なら、改善に取り組んでほしい(植木氏)
ウェブアクセシビリティのためのガイドラインに準拠したサイトを作ろう
続いて、努力義務である「環境の整備」について解説した。環境の整備について、障害者差別解消法の基本方針では次のように記載されている。
ウェブアクセシビリティについては、W3Cのガイドラインがあり、日本国内ではそれと同じ基準を採用したJIS規格がある。これらは、全盲またはロービジョン、ろうまたは難聴、学習障害、認知障害などさまざまな障害者のニーズを踏まえて、対応できるように作成されたガイドラインで、これらに準拠すればウェブアクセシビリティを高められる。
『環境の整備』のためにウェブアクセシビリティを高めることは、コストがかかると思われがちですが、逆に、個別対応が減るため、結果的にコスト削減につながる場合があります。商品情報を拡充する、FAQを充実させるのと同様に、ウェブアクセシビリティは、より多くのお客様が問い合わせをせずに目的のタスクを完了しやすくするための施策にもなります。
ただし、ガイドライン準拠はゴールではなくスタートです。誰もが最低限使える状態になっただけであり、使い勝手の悪さやわかりにくいなどの問題がある場合は、合理的配慮を求められる可能性はあります(植木氏)
視覚障害者が使うスクリーンリーダーでウェブサイトはどのように表現されるのか
ここで、障害当事者のウェブサイトの困りごとについて紹介された。ミライロ 原口 淳 氏の場合は、全盲で生まれつき視覚障害があるが、子どものころからパソコンを利用しているという。
原口氏は、ウェブサイトを利用する時は、読み上げツールである「スクリーンリーダー」を利用して、キーボードで操作している。デモ動画で、スクリーンリーダーを使ってGoogle検索を行い、検索結果から必要なサイトのURLをクリックし、記事を開いて読み上げる様子が紹介された。
スクリーンリーダー向けのアクセシビリティを高めるポイントとして、次の3つが挙げられた。
スクリーンリーダー向け:アクセシビリティを高める3つのポイント
ポイント①キーボードだけで操作できるようにする
マウスを使えなくても、マウスを使うのと同じことができるようになる。
ポイント②画像には代替テキストを提供する
画像が伝えている情報を確認できるようになる。
ポイント③見出しをh1~h6要素で適切にマークアップする
見出しだけを拾い読みする機能が使えるようになる。
画像の代替テキストがあることで、どんな画像があるのかを理解できます。最近はSNSでも写真の説明を設定できるようになっており、説明が書かれていれば視覚障害者でも理解できます。記事構成を確認したり、流し読みしたりするときは、拾い読みを可能にする見出しはとても重要で、情報の取捨選択がスクリーンリーダーでもできるようになります(原口氏)
見出しについては、デザインで見た目だけを変更するのではなく、h1~h6要素を適切に使ってほしいと、植木氏も賛同した。
インターネットのおかげで視覚障害者も情報を得やすくなりましたが、まだ情報を見つけにくいのも事実です。より多くの人がホームページを閲覧するにはどうするべきか、本講演をきっかけに一緒に考えていきましょう(原口氏)
見過ごされがちな発達障害の人の困りごと
続いて、Ledesoneの常岡氏が発達障害のケースを紹介した。常岡氏も発達障害の当事者で、代表を務めるLedesoneでは、インクルーシブデザインの支援を行っている。
なお発達障害とは、生まれつきの脳機能の発達の凸凹(でこぼこ)と周囲の人や環境とのミスマッチにより生きづらさや困りごとが生まれる障害のこと。ASD(自閉症スペクトラム症、広汎性発達障害)、ADHD(注意欠陥・多動症)、LD(限局性学習症)の3つがあり、ケースは少ないが知的障害を併発する場合もある。
ASD、ADHDの特徴を抜粋すると次のようになる。
LDは、読字障害(読みづらい)、書字障害(手書きがしづらい)、算数障害(数の概念が理解しづらい)といった特徴がある。
常岡氏は、障害当事者の困りごとについて、障害を分類しながらケースを紹介した。
お困りごと①文字量の多さや表現方法、フォント・行間による困りごと
ASD・知的障害
- 長文の文章だと集中力が切れることがある
- 比喩表現が用いられると間違った理解をしてしまうことがある
- 複雑な情報や言語の理解が難しい場合がある
ADHD
- トピックに関係ない情報が記載してあると気が散ってしまうことがある
読字障害
- 「明朝体」などフォントによっては認識が難しい場合がある
- 行間が狭いと読み飛ばしをしてしまうことがある
お困りごと②アニメーションや音声などの動きのあるサイトの困りごと
ASD
- 聴覚過敏の特性で急に音声が流れるサイトなどではストレスを感じることがある
ADHD
- 気が散りやすいため動きがあるとみたいコンテンツに集中できないことがある
読字障害
- 文字を認識するのに時間がかかるため読んでいる間に動くと認識がしづらくなる
お困りごと③色やコントラスト・レイアウトに関する困りごと
ASD
- 視覚過敏の特性により色の多いサイトだと疲れてしまい離脱してしまうことがある
- ウェブサイトのレイアウトが変更されると、変化に対応しづらい
- 日常的に閲覧するサイトほど変化に対応しづらい
読字障害・色覚
- コントラストなどで文字認識がしづらい場合がある
知的障害
- 使用する色の量が多いとパニックになってしまうことがある
お困りごと④数字の表記や入力に関する困りごと
算数障害・知的障害
- 数の概念がわかりにくいため「%」などがわかりづらい
- 数字よりも漢数字で書かれている方が理解しやすい
- 簡単な数字や記号を理解しにくい・記憶できない
- パスワードの入力に時間がかかってしまう
- 桁が大きくなるほど理解しづらくなる
ADHD
- 見積りが苦手なためECサイトで必要以上にお金を使ってしまうことがある
お困りごと⑤ブログ・メディアサイトの構成による困りごと
図の左側のデザインの場合、どこまでが一つの記事だか判別しにくいが、ブロックで色分けされている右側のデザインの場合はわかりやすいという例が紹介された。
キャプチャ認証についても、文字がゆがんでいると認識しづらく、何度も入力して疲れてしまうという困りごとがあるという。
識字障害、ディスレクシアのサイトの閲覧については、スクリーンリーダを使っている場合もあるが、視覚障害者とは異なり画面が見えているので、自分が読みたいコンテンツの部分を探して読み上げることができる。ただ、デザインによっては繰り返し読み上げ箇所を探すと疲れることがあるという。
フォントや行間をカスタマイズするツールを使っている場合もあり、講演では「Helperbird」というChrome拡張機能を使ったデモ動画が紹介された。
ツールを使って、見やすいフォントに変更し、行間を広く設定することで、読み上げ機能を使わずに自分で認識できます。ウェブサイトの作成時に見出しをマークアップする、行間を広くするだけで、発達障害者にも見やすくなることを知っておいてください(常岡氏)
1行でアクセシビリティに対応できる、という甘い言葉にご用心!
視覚障害者、発達障害者の事例が紹介されたが、他にも問題点はさまざまで次のようなものもある。
- 色のコントラストが弱くて、読みづらい、見えづらい(視覚)
- 動画に字幕が付いていないので、内容が理解できない(聴覚)
- キーボードで操作できないので、全く使えない(運動、上肢)
- 色の違いだけで示しているので、理解できない(色覚多様性)
- エラーメッセージがわかりにくくて、エラーを修正できない(全般)
植木氏は、最後に伝えたいこととして「気を付けよう甘い言葉とオーバーレイ」という言葉を挙げた。
オーバーレイと呼ばれているツールの中には、HTMLコードに1行追加するだけで、アクセシビリティガイドラインに準拠できると謳っているものもあります。オーバーレイでユーザーが利用できるのはウェブページの見た目をカスタマイズする機能などですが、カスタマイズが必要なユーザーは、すでにPCやスマホの機能やツールなどでカスタマイズしています。
そしてオーバーレイでは、文字のコントラスト不足、動画の字幕がない、キーボードで操作できない、画像に代替テキストがない、見出しがマークアップされていないという致命的な問題を解消できません。
コンテンツを改善しなければ根本的な解決にならないのです。オーバレイの導入を検討される際には注意してください(植木氏)
最後に、植木氏はウェブアクセシビリティについてはデジタル庁の「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」が参考になると紹介した。
原口氏は「今日の話をきっかけに誰もが使いやすいウェブページを身の回りから考えてほしい」と話し、常岡氏は「ウェブアクセシビリティは視覚障害者のためと考えがちですが、発達障害など他の障害の人、障害のない人にも役に立つものなので、対応してほしい」と話し、講演を締めくくった。
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オリジナル記事:2024年4月改正法施行、障害者差別解消法:ウェブアクセシビリティ義務化ではないが、どうすべき? | 【レポート】デジタルマーケターズサミット 2024 Winter
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