みなさん、こんにちは。村石怜菜です。
米Amazonは、レジ無しで商品購入が完了する自動決済システム「ジャスト・ウォークアウト(Just Walk Out)」を実店舗から撤去しました。レジに並ばずに買い物が完了するという、まさにフリクションレス(購買行動における摩擦や障壁が一切ないこと)なシステムはなぜ、撤去されてしまったのでしょうか。今回は、「ジャスト・ウォークアウト」を「フリクションレス(Frictionless)」の視点で考えます。
コロナ禍以降、重要性を増す「フリクションレス」
フリクションレスという考え方は、OMO(Online Merges with Offline)という言葉とともに、2018年頃から聞かれるようになったと記憶していますが、コロナ期間を経て耳にする機会が増えてきたような気がします。
フリクションとは日本語で「摩擦」を意味し、マーケティングにおけるフリクションレスとは、顧客の購買体験を“摩擦なし”に円滑にすることを指す考え方です。たとえば、顧客が商品やサービスを購入する際に、摩擦や障害が少ない状態を実現することで、顧客が簡単かつストレスフリーに買い物できるようにすることです。
コロナのパンデミックによって、人々の生活様式や意識の変化、ITサービスの進化・浸透が急速に進んだ結果、「感染予防策として人や物との物理的な接触を避けるために導入されたコンタクトレス・フリクションレス」が当たり前となり、人々はさらに便利でフリクションレスな体験を期待しているという証ではないでしょうか?
フリクションレスの考え方では、シームレスな体験を提供するために、手続きを簡便化し、ユーザビリティを最適化し、不要な障害を除去することが重要な要素となっています。
Amazonの「ジャスト・ウォークアウト」が撤去
米Amazonは、自動決済システム「ジャスト・ウォークアウト(Just Walk Out)」システムを「Amazonフレッシュ」の実店舗から撤去すると発表しました。ジャスト・ウォークアウトの大きな特徴は、ユーザーが店内で商品を選んで手に取るだけで、店を出る際にレジで支払いを行う必要がないことです。
ジャスト・ウォークアウトは、センサーやカメラ、機械学習のアルゴリズムを組み合わせ、ユーザーが棚から商品を取ると自動的に商品を追跡。ユーザーのAmazonアカウントにコンタクトレスで商品代金が請求され、お会計の待ち時間の削減や決済時のコミュニケーションから開放されるなどの利便性向上が期待されていました。
このジャスト・ウォークアウトがAmazonフレッシュから撤去される裏にはどのような事情があったのでしょうか? フリクションレスの視点から考えてみます。
普段の購買体験でフリクションを感じるタイミングはどこか?
たとえばECサイトで商品を購入するとき、あなたはどのステップで摩擦・ストレスを感じますか? 商品を探して検討するタイミングでしょうか? それとも会員登録をするタイミング? 決済のタイミング?
今まで使ってきて使いやすいな、と思ったECサイトを思い返してみてください。フリクションを感じるタイミングは、注文フローのステップの後ろの方に存在することが多いのではないでしょうか? 一般的に、商品を購入するときにフリクションは無ければ無い方が良い、あるのであれば最後の方のステップにあると良い、と考えられています。
商品を探してお気に入りに登録して比較検討したいとき、再入荷メールを登録したいとき、何かインセンティブを獲得したいと思っているときに、まだ買うかも決まっていないユーザーに対して、会員登録やアプリのインストールを促すことはフリクションになりかねません。
もし自身がそのECサイトのマーケターだったとしたら、何かしらの施策を打ちたいと思ったときに「このポップアップやバナーは、フローやユーザーのフリクションになりかねないか」と一考することをおすすめします。仮にマーケティングチームの指標が一時的に達成したとしても、一過性の可能性も大いにあります。
自動決済システムを導入したことで別のフリクションが生まれた?
前述したジャスト・ウォークアウトも、決済というステップ自体をスキップすることでフリクションレスの実現を試みたソリューションです。しかし、ユーザーのペインを解消するために考案したUX(User eXperience)によって、今まで存在しなかったペインやフリクションが発生し、その結果、ユーザーの期待に添えるものではなかったのではないか、と推測しています。
たとえば、サービスを利用する前に必要な会員登録や設定が必要だったことが挙げられます。一般的なスーパーマーケットであれば、何の手続きや操作もなく、商品をカートに入れて、レジに並んで支払いを完了すれば商品を購入することが可能です。店舗面積や品揃え・品質という変数要素を除けば、購買行動の最後にレジ待ち・決済というフリクションが訪れることが通常です。
また、買い物終了直後にレシートが発行されない仕様だったことも要因と言えそうです。ユーザーは、請求金額は正しいのだろうか、割引は適用されたのだろうか、という不安を抱えながら一定時間過ごすのです(もちろん忘れてしまう場合もあるでしょうが)。買い物が終わった達成感よりも、不安感が勝る買い物体験は後味が悪いものですよね。
決済時のフリクションレスに焦点を当てた結果、一般的なスーパーの購買体験では存在しなかった利用前・後のフリクションが発生したのも、撤去に至った要因の1つではないかと想像します。
実生活でもフリクションポイントを意識してシミュレーション思考しよう
私はWFA(Work-From-Anywhere)への企業への転職を機に、若者が多い街から、静かで緑も多く一軒家が並ぶ高齢者が多い住宅街へ引っ越しました。そこで驚いたのが、キャッシュ率の高さです。駅のスーパーにはセミセルフレジと有人レジが併設されているのですが、現金払いが多い印象で、直前まで住んでいたエリアとのギャップに戸惑いました。
また、有人レジの利用者が多いことにも驚きました。セミセルフレジで店員を呼んだり、お釣りを取り忘れたりする光景を何度も見たことがあるので、セミセルフレジでフリクションが発生するくらいなら、最初から有人レジで並んだほうが良いという心理が働いている方が多いのかもしれません。
かくいう私も、セルフレジに苦手意識を抱いたことがあります。1回目は、オフィスビル内のコンビニでコーヒーを購入しようとしたときのこと。コンビニコーヒーはセルフレジでは購入できないと思い、有人レジに並んだら、「次回からはセルフレジで買ってください」と言われてしまいました。毎日そこのコンビニでコーヒーを飲むわけでもなく、現在も購入方法がわからずじまい。結局近くのカフェでコーヒーをテイクアウトしています。
2回目の体験は、普段利用しない出先のスーパーを利用したときのこと。有人レジが長蛇の列だったのと、セルフレジの台数が充実していたので、セルフレジに並んだのですが、買い物カゴ1つ分の買い出しには不向きな小型なセルフレジだったことにレジに辿り着いてから気づいたのです。
バーコードをスキャンしながら、並行して重い野菜や精肉などのパックを傾かないよう袋詰するのは、まさにフリクションを伴う作業。途中でギブアップしたくなった記憶があります。周りの人はお惣菜など、数品しか購入しないお客さんばかりで、せめて「少量の商品を購入する方におすすめです」といった説明書きが書いてあれば…と思いました。
サービスに関わるすべての人に意識してほしい「フリクションレス」
プロダクトの機能開発や改善をしていると、マーケティングや営業のチームから機能改善要望や、新規機能開発の要望が寄せられることがあります。「エンドユーザーへの認知を強化したいから、〇〇できるようにしてほしい」「営業先の企業からこのような開発要望をもらったから、●●は絶対に必要だ」というものです。
私は支援会社でマーケティングを、プロダクトサイドでサービスの企画・開発に携わっていた経験もあり、比較的どちらの意見も、その要望が上がる背景も理解できる方だとは思います(そのとき置かれる立場によって、必ずしも平等で合理的な判断ができているとは思わないですが)。
「機能を追加したのに全く利用されなかった」「開発中に要望元の企業が解約してしまった」という経験ももちろんあります。マーケティングチームもプロダクトチームも、両方ともユーザーのためを考え、ユーザーに焦点を当てているのに、なぜこのような事象が起きるのでしょうか?
それは端的にいうと「両チームの目的が異なるから」ではないかと思います。マーケティングは、企業が持つブランドイメージなどを通じて、製品の認識価値を高めることに関わります。プロダクトチームは、ユーザーがプロダクトを通じて目標を達成するのにかかる精神的・物理的なインタラクションコストを減らすことに重きを置いています。この2つのチームの目的とソリューションが合致すれば、ユーザーに素晴らしい体験を提供できるはずです。
なぜこのようなことを考えたのかというと、「フリクションレス」という言葉は、取り組むべきことは想像しやすく、実現しやすそうと捉えられる一方で、サービスに関わるすべての人がその発想を常に持つことは意外と難しい、だからこそ重要だなと改めて考えたからです。
マーケターもフリクションレスの体験を意識することが重要
フリクションレスな体験を提供することは、顧客満足度を向上させ、ビジネスの成功につながる重要な要素です。しかし、新たな技術やシステムの導入によってもたらされるフリクションや課題も無視できません。適切なUI/UX設計だけでなく、マーケティング体験の設計も必要です。
フリクションの発生要因を正しく理解し、それらに対処することで、顧客がよりスムーズで、ストレスフリーな体験を享受できるようになります。それによって、顧客ロイヤルティの向上や競合他社との差別化を実現し、ビジネスの成長を促進することができるのではないでしょうか?
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オリジナル記事:なぜ、Amazonはレジなし精算「ジャスト・ウォークアウト」を撤去した? フリクションレスの視点で考察 | [マーケターコラム] Half Empty? Half Full?
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