B2B企業においても、営業部門とは別でマーケティング組織が立ち上がるケースが増えている。「デジタルマーケターズサミット 2024 Winter」では、川崎重工でデジタルマーケティングを行う中村郁也氏が登壇し、ロボット事業部門におけるマーケティング部門の変遷と取り組み、商談につなげるマーケティングスキームの構築について講演を行った。
ロボット事業の売上4倍を目指し、立ち上がったマーケティング組織
川崎重工業(以下、川崎重工)は、140年以上前に川崎正蔵氏が創設した企業で、造船業から始まった。現在では、航空宇宙、鉄道車両、エネルギー、海洋、水素など、多角的な事業を展開している。2022年度の売上高は約1兆7,000億円。中村氏が所属するロボット事業の売上は約1,000億円で、売上全体の10%未満となる。
川崎重工は、1969年にアメリカのユニメーション社から産業用ロボットのライセンス供与を受け、日本最初の産業用ロボットメーカーとなった。50年以上にわたり、さまざまな産業用ロボットを開発してきたが、最近では医療用ロボットや、日常的にロボットが活躍する未来を見据えた人型に近いソーシャルロボットの開発も進めている。
日本では労働人口の減少が課題となっており、2030年頃には供給と需要に約640万人の差が生じると予測され、特に製造業、小売業、医療福祉、サービス業で労働人口が減少し、供給と需要のバランスが崩れると見込まれている。川崎重工では、このような社会問題を解決するために、ロボットを活用した自動化やソリューションの開発に取り組んでいるという。
川崎重工は、IoT、メタバース、AIなどの新技術をロボットに組み込み、人型ロボットから産業用ロボットまで、さまざまな分野で新しい製品開発に取り組んでいます。既存の市場だけでなく、新規の市場進出にも積極的に挑戦し、現在の約1,000億円の事業を2030年までに4,000億円に成長させることを目指しています(中村氏)
プロのマーケティング集団へ
マーケティング部門は、2015年までは総務部の一部門にすぎず、事業部から依頼されたイベント出展やカタログ制作、Webサイト制作を請け負っていた。当時は、極力情報開示を行わないという会社の方針もあり、このような体制が取られていたという。
2017年に、現在の社長がロボット事業のトップになり、営業企画部門が設立され、メディア露出やCMS(Contents Management System:コンテンツ管理システム)、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)の導入など、マーケティングを重視した体制が整った。
この変革期にマーケティング部門の基礎が作られたものの、当初はコンテンツ制作と運営に留まっており、マーケティング施策を実施していなかった。2022年にマーケティングコミュニケーション課ができ、マーケティング戦略に基づいた施策を実施できる体制が整ったと中村氏は語る。
ただ、一足飛びに大きな変化を遂げるのは難しく、一つずつ整理しながら進められた。まず、メディア戦略がなかったため、PESOモデル、つまりPaid(ペイド)、Earned(アーンド)、Shared(シェアード)、Owned(オウンド)で施策を整理した。
4つの各メディアが現在どのように利用されているのか、役割や目的を整理し、ターゲット企業がどこに当てはまるのかを考えました。
ロボットは、購入までに時間がかかる商材であるため、さまざまな検討段階があります。そこで代表的なペルソナのカスタマージャーニーマップを作成し、我々のメディアとコンテンツがどのような役割を果たし、どのような動線で顧客に影響を与えるかを理解するようにしました(中村氏)
スキームの構築で、お問い合わせ数が33%増加
戦略を推進するにあたっての課題の一つがコンテンツ不足だ。そこで、各国で作成し、その国のみで利用していた導入事例や動画を、他の国にも展開することでコンテンツを充実させていったという。
コストの課題もあった。コンテンツ制作や広告運用を制作会社や代理店に依頼するとコストがかかりすぎるので、これらの業務をできるだけ内製化したり、フリーランスに依頼したりすることで、コストを最大10分の1まで削減した。
Webサイトについては、Google アナリティクスやSearch Consoleなどを活用して、社内でデータ分析を行い、ターゲットに最適化する取り組みを行っている。また、コンテンツを充実させるのと同時に、CRMを活用し、リード獲得、ナーチャリング、受注、継続受注までの一連のプロセスを確立。スキームを構築した。
2022年にスキームを作り上げ、2023年に実施し続けた結果、お問い合わせ数が33%増加し、これまで年平均200件だった受注につながるリードが年300件獲得できるようになりました。
さらにビジネスを成長させるために、展示会、Webサイト、メディア露出、広告、ショールーム、メルマガなどを“点”で行うのではなく、ロボット事業のスキームとして落としこみ、実施していくことを目指しています(中村氏)
CRM導入による情報の一元化
CRM導入は、次のような「環境の変化」と「内的課題」の解決につながったという。
- ビジネス拡大に伴う人員体制の変化
- ビジネスの多様化による新規市場への参入
- 顧客側の情報収集の多様化
- 顧客情報の一元化がされていなかった
- 案件化しなかった場合、フォローなし
- 受注における首尾の情報がない
CRM導入前の営業部門では情報の一元化が行われておらず、個々の営業担当者が情報を持っている状態で、情報は属人化されていました。
また、受注における首尾情報が共有されていないため、受注がどこから来たのかもわからない。案件化しなかった場合も、その顧客へのフォローアップが不十分で、次のビジネスにつながる機会が断たれてしまうこともありました(中村氏)
このような状況を解決するために、CRMを導入し、一元的な情報管理と継続的なフォローが可能になる仕組みを整えたのだと中村氏は説明した。
購入までのキーファクターを整理
産業用ロボットは、一般的なビジネスとは異なる販売方式をとっている。ロボット製品単体を購入するだけでは工程を最適化できないため、SIer(システムインテグレータ)が周辺機器、プログラムなどと組み合わせてロボットシステムとして販売している。
川崎重工が直接販売することはほとんどなく、代理店や商社を通じて販売してSIerにわたり、エンドユーザーに納入されることが一般的だ。代理店やSIerなどのパートナー企業との協力が非常に重要であるため、エンドユーザー、SIer、代理店の3つのステークホルダーを意識しながらマーケティングを進める必要がある。
なお、購入までのプロセスにはいくつかのキーファクターがあり、ロボットが売れるまでの一般的な流れは次図のようになる。
最初にお問い合わせがきた際に、営業担当者は次のような点を確認する。これらが要件を満たさない場合は案件化しない。
- 予算
- システムパートナーの有無
- 必要なアプリケーションは何か
- 自動化の状況確認 など
続いて案件化が進むと次のような確認を行う。
- パートナーやアプリの紹介
- お客様の現場の監査
- ロボットシステムのシミュレーション など
その後、他の企業との比較を含め、次のようなことが行われる。
- 予算の確認
- エンジニアリング(システムが要件に適合しているか、サイクルタイムが適切か)
- 投資対効果の確認 など
受注が確定すると、詳細の見積もりを送付して契約・発注が行われる。
既存顧客であれば3か月で契約まで進む場合もあるが、新規顧客であれば通常6か月~12か月かかる。規模感にもよるが、案件によっては2~3年かかることもあるという。
小さな成功体験を横展開することが鍵
産業用ロボットにおけるビジネスの特徴を整理すると、次の4点がある。
- 問い合わせから受注までに要する期間が長い
- 受注1件当たり数百万から数億円とレンジが広い
- ユーザーの工程の一部を担い、品質に影響を与える
- 問い合わせをもらった時点での勝率は10%以下
B2Bマーケティングにおいて、CRMへの登録は欠かせないが、現状では勝率が低く、受注までのプロセスも長いため、マーケティングスキームの意義が理解されにくい。また、費用対効果がわかりにくいため、CRMへの登録がタスクとして認識されてしまうことがあるという。
営業チームに対して、CRM登録の意義を説明することに加えて、マーケティングへの抵抗感をなくす取り組みとして、小さな成功体験を積み上げることを重要視していました。
具体的には、物流マーケットへの新規参入を目指すとき、小規模な物流プロモーションチームを立ち上げ、マーケティングスキームをあてはめました。
当初、物流関連のリードや顧客リストはほとんどなかったのですが、展示会や広告によるリード獲得を行ない、結果として5,000件の新規リードを獲得し、現在でもWebサイトから毎月5件以上の問い合わせがあります(中村氏)
次図のように、物流マーケットが第1フェーズ。第2フェーズでは医療マーケットや検査マーケットなどに展開し、第3フェーズでは、マーケティングスキームが社内標準となることを目指している。
現在は第2フェーズで、さまざまな業界に施策を展開している。業界ごとに異なる環境や競合他社の特性を考慮し、商品のプロダクトマネージャーおよび技術関連者、営業担当者と共にマーケティング戦略を考えているところだ。一時的な施策ではなく、中長期的なビジネス成長を促進するための施策と捉え、新たな事業を柱として育成する取り組みも行っているという。
施策を進める際には、数字が重要です。展示会に出展して獲得したリードのうち、商談内容からランク分けをして、さらに商談化数、案件化数、受注件数まで追跡しています。
また、今年の売上予算に対して必要な案件数を算出し、どのような施策が必要かを検討します。さらに、去年の施策の効果を分析し、効果のなかった部分を改善する方針を営業チームと協力して考えています。今後も定量的なデータを基に、川崎スタンダードを推し進めていきます(中村氏)
最後に、マーケティングチームはマーケティングのライフサイクルを効果的に推進し、売上を拡大していきたいと話し、中村氏は講演を締めくくった。
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オリジナル記事:川崎重工が挑戦! 商談につながるBtoBマーケティングの組織づくり | 【レポート】デジタルマーケターズサミット 2024 Winter
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