マーケティングにおける重要なツールの1つであるアンケート。適切に設計・実施・分析することで、顧客理解を深め、効果的なマーケティング戦略を策定することができる。しかし、設計や分析が正しくなければ、うまく活用することは難しい。
「デジタルマーケターズ・サミット 2024 Summer」では、20年以上の経験を持つマーケティングリサーチのプロである、株式会社エイトハンドレッド 渋谷 智之氏が登壇。役立つアンケート結果を得るための設問作成やデータ分析のポイントなど、顧客インサイトを発見するための実践的な方法について紹介した。
行動データだけでは限界がある! なぜアンケートが重要なのか
近年、デジタル化の進展にともない、さまざまなモノやサービスがインターネットに接続されるIoTが急速に発展している。その結果「誰が、いつ、何を、どこで、いくら購入したか」といった行動データが自動的に蓄積され、マーケティング活動のデジタル化も一層進んでいる。
しかし、渋谷氏は「マーケティングにおいて行動データだけでは不十分」と指摘する。パーチェスファネルにおける「認知・興味・購入意向」といった初期段階では、顧客の意図や動機を探る「意識データ」が欠かせないと言う。
商品・サービスを認知してもらい、興味を持ってもらって買っていただく、これが始まらないと皆さんの売り上げは上がりません(渋谷氏)
たとえば、「ある商品が売れている」という事実は行動データからすぐにわかるが、その商品がなぜ選ばれているのかという理由は行動データだけでは捉えきれない。
ここでカギとなるのが顧客の意識データである。 顧客がどの特徴に価値を見出し、なぜ競合商品ではなく自社商品を選んだのか。顧客が直面している課題やニーズを把握することで、顧客に本当に必要な製品やサービスを提供できるようになる。
行動データは自然と集まってきますが、“なぜ”を理解するための意識データは意図的に収集する必要があります(渋谷氏)
行動データと意識データを効果的に組み合わせることで、顧客の行動とその背景にある理由を包括的に理解し、より効果的なマーケティング戦略を立てることが可能となる。これを実現するために、アンケートは有効なツールである。
さらに、3C(顧客・競合・自社)の視点からも、アンケートの重要性は明らかである。マーケティングの成功は、「顧客の目から見て、競合よりも優れた価値を自社が提供できるか」にかかっていると渋谷氏。
自社が競合よりも優れていると感じていても、顧客にそう思ってもらえなければ意味がありません。そのため、顧客の考えを理解することが重要です。この理解を深める手段として、アンケートやインタビューは有効です。大手企業はビッグデータの時代でも、アンケートやインタビューを欠かしません(渋谷氏)
アンケート設計で失敗しないための5つのポイント
欲しいデータを獲得するためには、適切な設計が欠かせない。渋谷氏は、アンケート設計で失敗しないための5つのポイントを挙げた。
1. 活用シーンを具体化して、「わかっていないこと」を考え抜く
まずアンケートの出発点として、結果の活用シーンを具体化するべきだと渋谷氏は述べる。「誰が、いつ、どこで、誰に報告して、何を判断したいのか」を明確にすることが重要である。
次に、「疑問形で問いを明確化する」ことで、より具体的な目標設定が可能になる。たとえば、サイトのリニューアルを例に挙げると、「自社サイトをリニューアルすべきかどうか? リニューアルする場合、どこに問題があるのか?」と疑問形で設定する。「把握したい」「検討したい」といった設定は、人によって解釈が異なるため、避けるべきだという。
活用シーンを具体化した後は、「現状」と「アンケート活用後のあるべき姿」のギャップを埋めることが重要である。このギャップを埋めるために必要な情報は、以下の3種類に分けられる。
- すでに決まっていること・変えられないこと
- アンケートする前からわかっていること
- わかっていないこと・知らないといけないこと
特に「わかっていないこと・知らないといけないこと」をしっかり考え抜くことが重要だという。
知っていること8割、知らないこと2割がアンケートで取れると大成功です。大事なのは、新しいことを2割見つけようと意識することです。また、なぜ知っていることが8割なのかというと、アンケートは仮説の検証だからです。わかっていることも、社内の同意を得るためのファクトとなります(渋谷氏)
2. 「仮説」を考えることで、調査項目の精度を高める
渋谷氏は「仮説のないアンケートは失敗する」と述べる。アンケートは仮説を検証する場であり、事前に仮説を立てることがその成功を左右する。
以下の図のように、調査仮説は消費者が商品を購入するまでの行動に沿って疑問形で考え、調査項目に分類していく。そうすることで「誰に、何を、どのように聞くか」が明確になるのだ。調査会社に依頼する際も、仮説を伝えることでアンケートの精度が上がるという。
3. 分析軸、評価軸ともに「比較の視点」を意識する
渋谷氏は「アンケートは、比較を通じて価値が生まれる」と強調している。たとえば、新製品の満足度が80%であっても、比較対象がなければその評価が良いのかどうか判断できない。しかし、競合製品の満足度が60%であれば、その新製品は「良い」と判断できる。
よって、比較対象があって初めて「高い・低い」「良し・悪し」の判断が可能になるのだ。調査項目を決める際には、何を比較対象にして評価するのかを事前に設定することで、アンケートの成功率が高まるといえる。
次に、実際に比較軸を使った集計表の事例を紹介する。
クロス集計を使って「表側」の比較
クロス集計とは、複数の設問をかけ合わせた集計表であり、アンケート集計でよく使われる手法である。上の図は「年代別の生活の不安や悩み」を示したもので、表側(クロス軸)に年代、表頭には生活の不安や悩みの項目が並んでいる。このようにして年代ごとの価値観の違いを比較できるのだ。
表側には年代別、職業別、年収別、世帯別、利用頻度別、購入頻度別、ブランド別など、多くの比較軸が用いられることが一般的である。
クロス集計を使って「表頭」の比較
上の図は、ブランドイメージを「絶対評価」と「一対評価」で集計した事例である。絶対評価は、企業ごとにあてはまるイメージを選択する形式で、一般的な聴取方法だ。一方、一対評価は、どちらの企業がイメージに強く結びつくかを選ぶ形式であり、これは表頭を比較した例になる。
どちらもブランドイメージを調査したものだが、集計結果は大きく異なる。絶対評価で調査した場合、競合企業とのイメージ差はあまり目立たない。しかし、一対評価で調査すると、競合とのイメージ差が鮮明になり、消費者理解に大きな差が生まれた。
実際に商品を購入する際にも『センスがいいのはA社』『最近売れているのはB社』のように、A社やB社が主語ではなく『〇〇なのは』という形で認識していると思います。これはカテゴリーエントリーポイントにも通じる考え方です。アンケートを設計する際も、『〇〇なのは』とイメージやシーンを主語にする方法を取り入れると良いでしょう(渋谷氏)
4. アンケートを作るときは「限定」を意識する
渋谷氏は、アンケートを作る際のポイントを3つ紹介した。
定義や範囲を「限定」する
- 「誰に、何について、何を聞いているのか」を明確にする
- 「言葉、期間、範囲、業界用語」などの定義を明確にする
- 1つの 質問は1つに限定する(ダブルバーレル)
回答者を誘導しない
- 都合のよい回答を導くための誘導は行わない
回答できることを聞く
- 自分が答えられないのに、相手が何でも答えられると思わない
回答者の立場に立って、誤解を招かない設問文や選択肢を作れているかチェックしよう。
5. 選択肢は「MECE」と「アクションにつながるか」を意識する
最後のポイントでは、選択肢の作り方を紹介。まずは、思いつく選択肢を書き出す。
次に、それが「MECE」(モレなく、ダブりなく)になっているかを確認する。MECEにするためには、書き出した選択肢を何らかのフレームワークに当てはめて分類する。下の図は「7C」のフレームワークを参考にして項目を分類した例である。フレームワークを使うことで、足りない項目や選択肢に気づき、MECEを達成しやすくなる。
最後に、その選択肢が実際にアクションにつながるかどうかを考える。たとえば、「有名な保険会社である」より「信頼できる保険会社である」のスコアが高かった場合、アクションが異なるかを検討する。同じアクションになるのであれば、その調査は不要ということになる。
これらのポイントを押さえた上で、渋谷氏は「アンケートは回答者との会話」であり、回答者の立場に立って設計することが成功の鍵だと強調している。
アンケートでは「安易に、相手に答えを求めない」
さまざまなポイントを押さえても、回答者は無意識に嘘をつく。たとえば、選挙の投票意向や商品の購買意向などについて、実際の行動とアンケートの回答が異なることがあるように、社会的規範や世間体、見栄などから、消費者は「無意識に善意の嘘」をついてしまうことがあると渋谷氏は指摘する。
具体例として、次のような質問が挙げられる。
- 「次回、衆議院選挙があったら投票に行きますか?」
- 「今の商品のどこが改善されたら、購入したいですか?」
- 「あなたは、〇〇が発売されたら買いたいと思いますか?」
これらの質問に対する回答は、必ずしも実際の行動と一致しないことがある。
アンケートの回答は、事実を100%正確に反映しているわけではありませんが、回答者の本音や気持ちを表現している可能性があります(渋谷氏)
そのため、ある商品への満足度が低いという回答があった場合、単に「満足していない」と判断するだけでは不十分だ。「なぜ満足していないのか」「どのような期待があったのか」といった点を深く考察することが重要である。このアプローチによって、表面的な回答を超えて顧客の真のニーズや課題を理解することができ、より効果的な解決策を見出すことが可能となる。
渋谷氏は「複数の質問の結果を組み合わせて、回答者は何を伝えたいのかを想像し、回答者のニーズや思いを妄想してほしい」と述べ、アンケート結果を解釈する際の深い洞察の重要性を強調した。
最後に、ヒット商品が生まれるよくあるパターンについても言及。「何が欲しいですか?」と直接聞いても、有用な情報は得られにくい。代わりに、以下のようなプロセスを提案した。
- インタビューや行動観察から洞察を得る
- 得られた洞察を基にコンセプトを作成する
- 作成したコンセプトをアンケートで評価してもらう
- 評価ポイントを明確にして商品化する
このプロセスのポイントは、1人の言葉や行動からアイデアを探索し、数値の背後にある「ニーズ・想い」を妄想することだ。単純な数値だけでなく、回答者が本当に伝えたかったことは何かを想像し、解釈することが重要であると説いている。
アンケートをしたら何でもわかる、有益な示唆が得られると思ってはいけません。まず大事なことはアンケートは回答者との会話であり、検証すべきことを明確にし、回答しやすい順番で回答者に伝わるように設計していきましょう(渋谷氏)
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