「牛のマークの牛乳石鹸」として親しまれ、長年同じ製法を守ってきた牛乳石鹸。中でも有名なのは看板商品である「カウブランド赤箱(以下、赤箱)」だろう。長く愛されている商品だが、一時は売り上げが低下し、存続も危ぶまれた。
一転、2015年ごろから売り上げが上昇。きっかけはユーザーからのクチコミと自社も想定していない価値の再評価だった。ユーザーの声を反映した牛乳石鹸のマーケティング戦略について、牛乳石鹸共進社の三宅洸司氏、藤松源氏、田原有紀氏の3名にお話を伺った。
固形せっけん市場のシュリンクにより存続の危機…発足した「赤箱再生プロジェクト」の発足
長年愛されるロングセラー商品のうえ、今や若い世代やインフルエンサーにも愛用されており、「赤箱女子」が話題になっている赤箱だが、「一時期は存続が危ぶまれるほどに売り上げが落ちていた」と藤松氏は語る。
1998年頃の不景気と、長期的なトレンドでの液体(ボディソープなどの液体洗浄料)へのシフトなどによって、固形せっけんの市場自体がシュリンクしていた。そんな状況を打破するため、2011年に同社では「赤箱再生プロジェクト」を立ち上げた。当初の目的は以下だ。
- 「牛乳石鹸」ではなく「赤箱」として訴求する(商品名を知ってもらう)
- 赤箱と青箱の違いを明確に
- 全国で赤箱を買っていただけるような状況にする
この目的を達成するため、まずは「赤箱はしっとり、青箱はさっぱり」とわかるようなデザインにパッケージを変更。赤箱の特徴がユーザーに伝わるようわかりやすくアピールした。
また、せっけんの泡立て方をも知らないという子どもたちにも赤箱の泡立ちの良さを知ってもらうために、地域の小学校で手洗い授業やキッザニアへの出店などを開始した。
赤箱を“洗顔”で訴求はNGから一転、ベストコスメ受賞で“洗顔にも使える”とアプローチで広まった「赤箱女子」
前述した「赤箱再生プロジェクト」を立ち上げ、身近なところからの改善や、地域を含めた地道な活動の開始したころ、ここでひとつの転機(発見)が訪れる。それは「@cosme ベストコスメアワード2015」におけるベスト洗顔料の受賞だった。純粋なユーザーのクチ口コミによるもので、そこでは「赤箱は洗顔にいい」という新しいユーザー視点が語られていた。
このとき社内では、受賞を喜ぶ一方で『赤箱は洗顔料ではなく、全身をしっとり洗い上げる身体洗浄料なのに…』という戸惑いの声もありました。実は、『赤箱を広告訴求するとき、洗顔としての訴求は広告ではしない』という方針が出ていたくらいなんです(笑)。
当時の社内では赤箱はあくまで「全身をやさしく、しっとり洗い上げる洗浄料」であり、洗顔に特化した商品としての訴求は認めていませんでした。もちろん洗顔としてもご利用いただけますし、使っていただく分には何も問題はありません! あくまで社内での訴求やPRでの決まりだったのです(藤松氏)
社内での戸惑いはあったものの、新しいユーザーを獲得していくためには「ユーザーが洗顔料として赤箱を高く評価をしてくれているならば、評価に応じた訴求の見直しが必要」ということで、その結果を見逃す手はない。そこで2018年に、「せっけんを使ったことがない20代女子」を新規のコアターゲットに据え、「洗顔にも使えるプチプラコスメ」としてコミュニケーションを一新することを決定。従来の「伝統、安心の身体洗浄料」という位置づけに加え、未来のユーザーを獲得するために、ブランドを再育成する施策を打ち出した。
そうして生まれたのが「赤箱女子」というキーメッセージだ。「こだわりをもって赤箱で洗顔している女性」をフューチャーし、商品自体は変えずに、キャッチコピーや見せ方を大きく変えて「赤箱女子」を顕在化していった(現在は「赤箱洗顔」としてキャッチコピーも進化している)。
体験型ショップ「赤箱 AWA-YA」が爆発的な話題に
「赤箱女子」のマーケティングで具体的な施策のひとつに、2018年9月に京都で開催したリアルイベント「赤箱 AWA-YA in KYOTO」がある。若い女性向けに「泡」を楽しめる期間限定ショップをオープンし、泡ハンドパックや泡だて体験、限定のオリジナルグッズの販売なども行った。
当初の目標来場者数は初めての開催だったこともあり2週間で700人だったが、結果的に延べ1万2000人もの来場者数に。当初の予想の17倍の賑わいを見せ、TVやニュースなどのメディア露出も増加した。
若い世代にもせっけんを知ってもらうことを目的に、体験型のショップを企画。女性に好まれるような、赤箱のパッケージを使ったおしゃれでレトロな世界観を表現した店内を作り、限定商品も販売しました。口クチコミでお客様のクチコミで気づかせてもらった赤箱の評価や価値を吸い上げて、お客様にお応えすることができました(三宅氏)
このイベントの成功を受け、SNSなどの盛り上がりを見た小売店の担当者からは、「店頭に赤箱の売り場を作らせてほしい」という問い合わせも殺到したという。
SNSでの拡散もあり、爆発的な話題となった「赤箱 AWA-YA」。2018年からは売り上げは回復、消費者からの声を受けてインサイトを掘り下げ、ブランド価値の再発掘に成功した事例だ。結果として、社内プロジェクトからの地道な活動とも重なり、メディア露出の機会も増えた。
ユーザーの声を聞くためにSNSやリアルイベントでのコミュニケーションを重視
SNSにおける口コミからの気づきがきっかけとなり、若い世代への訴求に成功した「赤箱」。現在ではSNSでの発信にも積極的ではあるが、本格的に活用し始めたのは「赤箱女子」を設定した後からだという。
たとえばInstagram上では、ユーザーと一緒にグッズを作る「共創グッズ」の企画を行っている。「どんなグッズが欲しい?」「どんなデザインがいい?」などInstagramで呼びかけ、企業とユーザー双方向からのコミュニケーションを可能にし、積極的に会話を生み出せる企画を実施している。
ユーザーに赤箱に関する投稿(UGC)を行ってもらうのはもちろん、SNSを通してブランドとユーザーとのコミュニケーションを活性化させることも重要だと考えています。今後も積極的に取り組んでいきたいです(三宅氏)
また、SNSやメルマガなどでのアンケートだけではなく、「顧客との直接的な対話を重視している」と藤松氏は語る。「赤箱」に関しては、2018年からリアルイベントを開催している。現地へ足を運ぶユーザーは熱量の高い人が多く、直接話を聞くことで、新たな発見もあるという。
ちなみに、次回リアルイベントは関東で初めて開催予定だ。「赤箱 AWA-YA in YOKOHAMA」は、2023年9月15日(金)~24(日)に横浜・赤レンガ倉庫で開催されるので、気になる方はぜひ足を運んでみてほしい。
マーケティング施策の根底にあるのは、長年変わらぬ「釜だき製法」(けん化塩析法)とこだわりの使い心地
ここまでユーザーからの評価を受けて取り組んだマーケティング施策について紹介してきたが、その根底には“製品の品質の高さ”がある。そこで、「赤箱」の歴史と製品へのこだわりを紹介する。
「牛乳石鹸」は明治末期の1909年、「共進舎石鹸製造所」という小さな町工場としてスタートし、当初は問屋の商標による請負生産としてせっけんを製造していた。しかし創業20年目に佐藤貞次商店から「牛乳石鹸」の商標を譲り受け、自社ブランドとしてせっけんを製造販売することになった。これが「牛乳石鹼の赤箱」が誕生した瞬間だ。
ちなみに、誕生してしばらくは「牛乳石鹼」と呼ばれていた赤箱だが(今も「牛乳石鹼」と呼んでいる人も多いかもしれない)、現在の正式な商品名は「カウブランド 赤箱」だ。
『牛乳石鹸』というと、成分に牛乳が入っているんじゃないかと誤認させてしまうかもしれない。1980年~1990年頃、商品の安全性に対する消費者の意識の高まりを鑑みた結果、時代の変化に合わせてネーミングの変更を行いました(田原氏)
こうしたネーミングの変更からも、1980年から消費者に対して真摯に製品を訴求する姿勢が伺える。こうして赤箱が誕生してから今年で95年目。昔ながらの製法を受け継いできたが、一番のこだわりは、主原料の「牛脂」からせっけんを作っていることだという。
せっけんによっては、原料となる素地を海外から輸入して、香料や保湿成分を配合したり、また既に精製された脂肪酸から中和法を用いて比較的短時間で効率的な製造方法を採用したりする場合が多いと思います。しかし牛乳石鹸では、主原料の牛脂とヤシ油から自社工場で製造。直径4m、容量60tもの釜が11機現存し、日本最大の規模を誇っています(藤松氏)
牛乳石鹸共進社では、原料となる油脂を反応釜で加熱・攪拌する「けん化」と、塩で不純物を取り除く「塩析」を、約1週間かけて行う製法を「釜だき製法」と呼んでいる。釜だき製法で作ったせっけんは、油脂由来の天然うるおい成分が感じられるのが特徴だ。
そして、手間暇がかかる釜だき製法を続け、ほぼ原料も変えずに続けてきたのは、同じものを安心して使い続けてもらうためだという。
長く愛されているブランドだからこそ、生産効率を上げるために作り方や原料を変えて、使用感が変わってしまうことは許されない。親しまれてきた使い心地が変わってしまうと、ユーザーからの信頼を裏切ることになるので、会社全体で気をつけています(藤松氏)
最後に、藤村氏は「赤箱」について以下のように語った。
商品自体は守りつつもユーザーからの声をよく聞いて新しい価値を再提案できる体制を続けていきたいと思います(藤松氏)
おまけ:カウブランドの「赤箱」と「青箱」って何が違う?
ところで、カウブランドの「赤箱」と「青箱」の違いはご存じだろうか。
赤箱
洗い上がりがしっとり、ローズの香り。青箱に比べて値段が少し高く、容量が多め。青箱
洗い上がりがさっぱり、ジャスミンの香り。赤箱に比べて値段が少し安く、容量が少なめ。
このような違いが生まれたのは、青箱の生い立ちが理由だ。牛乳石鹼はもともと関西に基盤があり、西日本のシェアは高いが東日本のシェアは低い状態だった。昭和24(1949)年頃、東日本にも販路を拡大しようとしたとき、関東ですでに多くのシェアを獲得していた競合他社と差別化を図るために生まれたのが「青箱」だ。
当時、後発の市場に出ていくにあたって、より手ごろな商品のほうが手に取ってもらいやすいのではないかと考えて、赤箱よりも少し安く、少し小さく開発し、そのぶん香りやパッケージも変え、消費者に楽しんでいただけるように青箱は誕生した…と聞いています(田原氏・藤松氏)
もちろん赤箱も青箱も同じ釜だき製法で、原料にこだわって作っているので、好みによって使い分けてみてほしい。
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オリジナル記事:なぜ「赤箱女子」が人気なのか? V字回復した“牛乳石鹸”のマーケティング施策 | インタビュー
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